ショートショート誕生秘話 ― 2013年05月06日 22:50:23
カチカチカチ。
パソコンのディスプレイ上をマウスポインタが泳ぎ、クリック音が響く。
『ピポパポ…』
ポストペットのメールチェック音が何のメールも来ていないことを告げる。
「はぁ…」
柏木圭は、そこでため息をついた。
そう彼は、煮詰まっていた。月一本のショートショートを書く。たかが、原稿用紙にして、4、5枚の月に一本のショートショートだと思う無かれ。なかなかどうして、結構大変なことなのだ。毎月のテーマから、ネタを考え、資料を集め、内容を練って、話にまとめる。これが毎月〆切を伴ってやってくる。
そして、〆切は、もうとっくに過ぎていた。
「むむぅ…」
柏木は、喘いだ。
ショートショートのような短編は、一発勝負だ。文章力もあるだろうが、ネタの良さで出来がほぼ決まってくる。彼はそう考えている。だが、今月のネタが出ていない。今月のテーマは、『誕生』。彼の中で、これだという光るネタというものが出てきていない。
ご多分に漏れず、彼もパソコンで文章を書く。だが、書かねばならない文章が定まらなくては、キーボードを叩く快音も鳴ることはない。
彼は、空虚を見つめていたが、もう一度ポスペのメールチェックをクリックした。
『ジャラァァァァン…』
メールの配達音。その音に彼は身を乗り出すように反応した。
「来た来た来た…」
待ち焦がれたような言葉の前に届いたのは、一通のML(メールリングリスト)。
なにを隠そうこれこそが、柏木圭のショートショート創成の秘密兵器。
『[Kasiwagi Secrect ML]From:#046 誕生のネタ・作品』
>こんちはー。#046の柏木ですー。
>今月の誕生ネタ送りますよん。作品も出来ましたから良ければ使ってねー。
> 出来はいいと思いますよ…
そんな文章から始まるメールには、ショートショートのためのネタが箇条書きに書かれ、一本の完成したショートショートがテキストファイルとして添付されていた。
それにざっと目を通す。箇条書きにされたネタのほとんどは、彼が思いついたものと変わりない。だが、彼が思いつかなかったネタも1つ加えられている。
そして、彼は、デスクトップに置かれたテキストファイルを開いた。
ここで説明せねばならないだろう。このMLとはいったい何なのか?始まりは、ネットサーフィンの末たどり着いた、とあるHPだった。『Tapisserie』と書かれたHP。そこには、不思議なことが書かれていた。『Tapisserie』とは、Tapestry(タペストリー)のフランス語表記のこと。タペストリーとは、羊毛などを織り上げて作る室内装飾品のことだ。だが、ここで言うタペストリーとはそれではない。時空連続平行世界と言う言葉を知っているだろうか?では、パラレルワールド(平行世界)ではどうだろう?平行世界とは、可能性の数だけ存在するであろう時空間のことである。それが、過去から未来へと流れる時間の線、時間直線上に存在したとき、無数の可能性が織りなす様は、時としてタペストリーにたとえられる。そのことをそのHPは語っていた。そして。
『平行世界に住むあなた達と話してみたくはないですか?』
そうあったのだ。別の次元に住む自分にメールすることが出来るというのである。著者は、量子論を研究展開していくうちに、別次元にある平行世界にたどり着く方法を思いつき、偶然にもそれに成功してしまったのだというのである。その詳しい理論説明では、ネットにおける中空環状構造がどうとか、プラーナ(インド哲学にも精通しているらしい)を情報に置き換えたときの円運動伝達スピードがこうだとか、専門的な文章が並び、内容は理解できなかった。が、著者がよほどその方面に精通していたということは素人考えにもわかる。偶然とあったが、運良く著者の研究の結果が愛でたく実を結んだというべきであろう。ともあれ、プログラムが組めずともパソコンは使える。構造がわからなくても車は走る。半信半疑ではあったが、そんなことが出来るのなら…と柏木は、そのHPに書かれているとおり、メールを送ってしまったのだった。
そして、それは見事に出来てしまったのである。
平行世界に住む別次元の自分。限りなく同じに見えて非なる自分である。最初は自分に最も近い次元の自分だけだったが、次第に次々と次元を越え、いつのまにやら、100を越えていた。所詮、自分だから考えることも似たり寄ったりなのだが、面白いもので次元の遠い自分になるにつれ考えや行動に差が出てくることもわかってきた。誰が言いだしたともなかったが、それからMLに至るまでさして時間はかからなかった。
そういうわけで、毎月どこかの次元の自分が、ショートショートを書いてくるのである。もちろん、自分が書くことだってある。だが、一人でありながら、100人で考えているようなものなのだ。いや、可能性の数だけ次元が存在するならば、それこそ無数である。
「よしよし♪」
添付書類のショートショートを読んで、柏木は満足げに頷いた。作品の出来に文句はない。自分で書いたってこんなものだ。柏木は、待っているだろう邑里さんのところへ原稿をメールを送った。嬉々として。
さて、この話にオチはない。これが小説でなく事実であったらなぁと思うぐらいのものである。
パソコンのディスプレイ上をマウスポインタが泳ぎ、クリック音が響く。
『ピポパポ…』
ポストペットのメールチェック音が何のメールも来ていないことを告げる。
「はぁ…」
柏木圭は、そこでため息をついた。
そう彼は、煮詰まっていた。月一本のショートショートを書く。たかが、原稿用紙にして、4、5枚の月に一本のショートショートだと思う無かれ。なかなかどうして、結構大変なことなのだ。毎月のテーマから、ネタを考え、資料を集め、内容を練って、話にまとめる。これが毎月〆切を伴ってやってくる。
そして、〆切は、もうとっくに過ぎていた。
「むむぅ…」
柏木は、喘いだ。
ショートショートのような短編は、一発勝負だ。文章力もあるだろうが、ネタの良さで出来がほぼ決まってくる。彼はそう考えている。だが、今月のネタが出ていない。今月のテーマは、『誕生』。彼の中で、これだという光るネタというものが出てきていない。
ご多分に漏れず、彼もパソコンで文章を書く。だが、書かねばならない文章が定まらなくては、キーボードを叩く快音も鳴ることはない。
彼は、空虚を見つめていたが、もう一度ポスペのメールチェックをクリックした。
『ジャラァァァァン…』
メールの配達音。その音に彼は身を乗り出すように反応した。
「来た来た来た…」
待ち焦がれたような言葉の前に届いたのは、一通のML(メールリングリスト)。
なにを隠そうこれこそが、柏木圭のショートショート創成の秘密兵器。
『[Kasiwagi Secrect ML]From:#046 誕生のネタ・作品』
>こんちはー。#046の柏木ですー。
>今月の誕生ネタ送りますよん。作品も出来ましたから良ければ使ってねー。
> 出来はいいと思いますよ…
そんな文章から始まるメールには、ショートショートのためのネタが箇条書きに書かれ、一本の完成したショートショートがテキストファイルとして添付されていた。
それにざっと目を通す。箇条書きにされたネタのほとんどは、彼が思いついたものと変わりない。だが、彼が思いつかなかったネタも1つ加えられている。
そして、彼は、デスクトップに置かれたテキストファイルを開いた。
ここで説明せねばならないだろう。このMLとはいったい何なのか?始まりは、ネットサーフィンの末たどり着いた、とあるHPだった。『Tapisserie』と書かれたHP。そこには、不思議なことが書かれていた。『Tapisserie』とは、Tapestry(タペストリー)のフランス語表記のこと。タペストリーとは、羊毛などを織り上げて作る室内装飾品のことだ。だが、ここで言うタペストリーとはそれではない。時空連続平行世界と言う言葉を知っているだろうか?では、パラレルワールド(平行世界)ではどうだろう?平行世界とは、可能性の数だけ存在するであろう時空間のことである。それが、過去から未来へと流れる時間の線、時間直線上に存在したとき、無数の可能性が織りなす様は、時としてタペストリーにたとえられる。そのことをそのHPは語っていた。そして。
『平行世界に住むあなた達と話してみたくはないですか?』
そうあったのだ。別の次元に住む自分にメールすることが出来るというのである。著者は、量子論を研究展開していくうちに、別次元にある平行世界にたどり着く方法を思いつき、偶然にもそれに成功してしまったのだというのである。その詳しい理論説明では、ネットにおける中空環状構造がどうとか、プラーナ(インド哲学にも精通しているらしい)を情報に置き換えたときの円運動伝達スピードがこうだとか、専門的な文章が並び、内容は理解できなかった。が、著者がよほどその方面に精通していたということは素人考えにもわかる。偶然とあったが、運良く著者の研究の結果が愛でたく実を結んだというべきであろう。ともあれ、プログラムが組めずともパソコンは使える。構造がわからなくても車は走る。半信半疑ではあったが、そんなことが出来るのなら…と柏木は、そのHPに書かれているとおり、メールを送ってしまったのだった。
そして、それは見事に出来てしまったのである。
平行世界に住む別次元の自分。限りなく同じに見えて非なる自分である。最初は自分に最も近い次元の自分だけだったが、次第に次々と次元を越え、いつのまにやら、100を越えていた。所詮、自分だから考えることも似たり寄ったりなのだが、面白いもので次元の遠い自分になるにつれ考えや行動に差が出てくることもわかってきた。誰が言いだしたともなかったが、それからMLに至るまでさして時間はかからなかった。
そういうわけで、毎月どこかの次元の自分が、ショートショートを書いてくるのである。もちろん、自分が書くことだってある。だが、一人でありながら、100人で考えているようなものなのだ。いや、可能性の数だけ次元が存在するならば、それこそ無数である。
「よしよし♪」
添付書類のショートショートを読んで、柏木は満足げに頷いた。作品の出来に文句はない。自分で書いたってこんなものだ。柏木は、待っているだろう邑里さんのところへ原稿をメールを送った。嬉々として。
さて、この話にオチはない。これが小説でなく事実であったらなぁと思うぐらいのものである。
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