キアンティ教授の魔法力学Ⅱ2013年06月23日 22:56:12

・山に組まれたカードしか手札に加えられない。
・手札にあるカードしか呪唱出来ない。
・代償を払ったカードの呪唱、または能力でなければ、魔法は発動しない。
・発動したカードの魔法、能力のみが有効である。

「教授」
人気のない研究室の一画。陽の光の射し込む窓辺に立ち、そう声をかけてきたのは彼女だった。
逆光の中に浮かび出される金色の髪。
「相変わらずの本の虫、と言うわけですね」
「クレア・・・君、か」
本が山と積まれた机に向かう、その主が顔を上げる。
彼女は何も答えず、ゆるりと彼の傍まで歩み寄ると机の上のそれをつまみ上げた。
「おや、珍しい。これは、タロットカード・・・ですか?」
「いや」
そういって、彼は彼女の手からカードを取り上げる。
「魔法をモチーフにしたカードゲームだよ。米国の友人が、彼は向こうの数学者なのだがとても面白い男でね、私の理論にいたく興味をもっていて魔法というものを数学で表現してみたいと前々から話していたのだ。そうして、これが先日送られてきた」
装飾されたカードを指先でクルクルと回してみせる。机の上には、残りのカードが山になっていた。
「魔法というものが学問であり体系づけられるものであるならば、必ず数学によって表せると。この世のもので数で表せないものは無いというのが彼の持論だった。その結果がこのカードというわけなのだが、なかなかこれが興味深い」
クレアは、教授の手で踊るカードをつまみ上げる。
「なかなか面白そう。でも、これはあくまでカードゲームなんでしょう?こんなもので魔法を表現できるなんて」
「おこがましいとでも言いたい口振りだね?」
「そうですよ。私は、先生の魔法理論が机上だけに捕らわれた学問でないことを存じてます。こんなカードごときで魔法の何を表現できると言うつもりなのでしょう?」
彼女は、本気で怒っているようにさえ見えた。
「それは傲慢だよ。君のような才女としては、随分と短絡的な判断じゃないか。若干18才にして、機械工学をはじめとし、4つの博士号を持つ天才少女。工学だけでなく物理学、生物学、薬学や心理学にも詳しい」
「やめて下さい。これでも私、キアンティ・レーゼル教授の敬虔な生徒のつもりでしてよ?」
「随分、私も買われたものだ。光栄の極みだね」
「もう、すぐそうやって・・・。それより、しばらくぶりに再会した自分の彼女に挨拶のキスも無し?」
「それは、もう昔の話・・・」
そうこぼした彼の口を、彼女は細く白い人差し指をその唇に押しあてて噤んだ。そうして、そのまま唇を重ねる。長い時間の後、二人は視線を初めて合わせた。
「こっちに戻ったのはいつ?」
「上海からドイツに戻ったのは、つい先日です。それに私、先生の知らない間に一つ歳が増えたんですよ?」
「そうか、そうだったな。しばらく見ないと人というのはどんどん成長してしまうね。どうりで随分綺麗になった」
「今頃、そんなことを言っても遅いですよ」
そういって、二人は笑いあう。
午後の陽差しが、なんとも柔らかく感じた。
「お茶ぐらい入れてこよう。ハロッズのアッサムでいいかな?」
「ありがとうございます。でも、お気持ちだけ」
「急ぐのかい?相変わらず、忙しいな」
彼女は、こくりと頷いてみせた。
ひとたび立ち上がった彼だったが、再び腰を下ろす。
「で、用件はなんだね?」
ゆっくり深く息を吐くと、彼女は恭しく頭を垂れた。
「教授、お迎えにあがりました」
短い沈黙。
「それは、もう答えているはずだよ」
「これが最後のお迎えです。どうか」
「断る」
即答。その言葉はにべもない。
「そう幾度も答えたはずだ。私は何度誘われようと、どんなに脅されようと、私の答えは変わらない。いまや、ヒトラーは凄まじい力を手に入れた。彼のいうとおりヨーロッパに第三帝国をつくることも夢ではないに違いない。彼の元、 ナチスの魔術顧問であれば、好きなだけ望むように研究が出来るだろう。だが」
「キアンティ!」
彼女が叫ぶ。その答えを聞きたくないとばかりに。
「私は、決してナチスには行かない」
クレアは、唇を噛む。一瞬、悲しそうに顔を伏せた彼女だったが、次に顔を上げた時には彼をしっかりと見据えていた。
「残念です。今日は、力づくでもお連れするようにとのこと。出来れば、こんなことはしたくなかった」
言うが早いか、彼女は下がって距離を取る。
『炎よ、鎖となりて彼の者を縛れ!!』
呪文の詠唱。そして気迫と共に差し出されたその手から、炎が噴き上がる。その炎は、キアンティを包み込んだ。
「先生がいけないんです。ナチスのやり方が、非道であることもは否定しません。でもっ・・・」
「・・・いやいや、そんなことを言ってはいないさ」
巻き起こった紅蓮の炎に飲み込まれたかに見えた彼から、飄々と声が返ってくる。
「諸外国や世論の言葉など関係ないこと。弱いものが強いものに負けるときは、そういうことを言いたがる者が多いものだ。それが正しいか否か、いやそういう言い方は正しくないな。欧州を統一した歴史の偉人となるか、非道と呼ばれ悪名を残すかは、後の歴史が判断することだろう?」
変わらぬ姿の教授がある。その手の中で翳されているカードがうっすらと光を帯びていた。まるで、炎から彼を守るかのように。
「それにしても、相変わらず君は容赦がない」
「『対抗魔法』!?いや、それは・・・。さっきのカード?『対抗魔法』は、教授の得意魔法・・・でもあの魔法は、高等魔法のはず。そんなカードごときでは・・・」
クレアの驚きは隠せない。
「教えたはずだよ?魔法は、人の意志の具現化。その力は」
「他の物体を媒介とすることによって、増大安定することが可能。だけど!」
彼女の口から、自然と言葉が漏れる。彼女は、その手の中にあるロザリオを強く握りしめた。それこそが、彼女の力を安定させる媒体。
「いや、カードが媒体では無いんだ。魔法自体をカード化している」
キアンティは、一組のカードの山を置く。そうして、そこからカードを引き、手札をひろげて見せた。
「媒介にするのにとどまらず、カードそれぞれに魔法を充填してある」
「だって、それにしたって!」
「そう。こんな紙のカードで発動できる魔法力など程度が知れている。だが、カードを媒体とするのでは無く、私自身を媒体として、カードに込められた魔法を増幅してるとしたら?」
「あ・・・」
まったくの逆の発想。既存の理論を応用、展開し、より高度な技術を成す。型に囚われない自由な思考。
「学問というものは、かくも面白い。そうだろう?」
彼は笑う。その笑顔を見て、愕然とする彼女。
「さすがは、キアンティ教授。やはり我々にはあなたが必要です」
「すまないな。何度言われても、そればっかりはゴメンだよ」
「どうして!どうして、わかってくれないの?私にはあなたが・・・」
「おっと」
彼は、口元に指を立てる。
「その先は、また今度にしよう。そろそろ時間のようだ」
ユラリ、と。キアンティの体が揺らめく。
「えっ、まさか・・・」
クレアが彼に駆け寄ったその時。手が届くその瞬間に彼の体が消える。まるで煙のように。
「彼自身さえも魔法・・・?」
机の上にカードが舞い降りる。彼女はそれをつまみ上げた。
『一週間遅れのお誕生日おめでとう。同じ空の下、何処ででも学ぶことは出来る。いずれまた会える日を楽しみにしている。私の最高の生徒であり、最愛の貴方へ』
そして、キアンティ・CL・レーゼルのサイン。
「馬鹿・・・」
誰もいない研究室に、射し込む陽の光。その中に金色の髪だけが鮮やかに映し出されていた。